よくわからない話

今日は給料日、ネットで大体の会社では0時に銀行のシステムが切り替わるから0時には振込がされてるって書いてあったからさっきコンビニまで行ったら残高23円のままだった。

 

無駄足。

 

ツイッターを鍵アカウントにしてから文句ばかり言っている。

有安の件も沈金の件も。

 

でもこれは該当者というか周りに怒ってることが多い。

沈金は聞いて文句をBPOに言う奴らに怒ってるし、有安は本人と囲ってるファンで半々ぐらい。

何も俺は怒りたくって怒るわけじゃない。

ももクロFM FUJIに関しても昔から好きな自分にとってはアイデンティティ的な面があるから余計にムカつく。

沈金に関しては本当にそう。古参が嫌いで古参ぶりたくないし、年月のことに対してマウントは取るつもりもないけど、生まれ故郷の山梨で昔から聞いてきた身で、初メール、初ノベルティぽっくんという名前も全部FM FUJIだった自分にしてみればポッと出のやつにアイデンティティを蝕まれることはムカつく以外の何者でもない。というか、あれに関しては自分が楽しみ方知らないだけで拗ねてるだけでしょ?と思ってしまう。哀れなやつだ。嫌なら聞かないという考えがなかったのかな。

 

有安の件は本人の対応と一部の過激イエスマンが気持ち悪い。

有安は昔から思ってたけどしれっとした顔で悪気なくああいうことが出来るのがね、ちょっと見てられない。それがグループにいて周りの大人が制止してた時はまだ可愛いぐらいだったのが、この一年散々やらかしてきた挙句、スキャンダルを起こし、終いには綺麗事で済まそうとするあたりは大人としては見てられない。痛々しい。

ファンはファンで好きなのは良いがそれを押し付けたり、他のこと引き合いに出すのは本当に気持ち悪い。

坂道引き合いに出して見当違い論捏ねてたおっさんは本当に反吐が出た。

こんな奴らがももクロの現場にいるならもう現場は良いかと思って結局AE更新しなかった。5年間の蓄積を捨てた。

 

AE辞めたから日向坂のFC入るかな、ちょうどいいかな、今度はハッピーオーラ受けてカリカリしないでハッピーになろう。

 

 

仮面ライダー電王に対する個人的な思い

※このブログは 仮面ライダー平成ジェネレーションズForeverの本編内容、ネタバレが含まれているのでまだ見ていない方はご注意を。

 

 

 

 

 

 

どうもお久しぶりです。ぽっくんです。

 

ところでみなさん 

仮面ライダー平成ジェネレーションズForever

は見ましたでしょうか?

毎年恒例の仮面ライダーの冬映画。今年は前年以上に話題になっていたいましたね。

なんと言っても仮面ライダー電王/野上良太郎役の佐藤健がサプライズ出演したことが大きな話題になっていましたね。

今日本で一番忙しい俳優と呼ばれる佐藤健が古巣の仮面ライダーの現場に戻ってきた。内情というかよほどマニアックなじゃない人はこのポイントが一番凄いと思うでしょう。勿論僕もこの気持ちは分かるし、佐藤健ともあろうビックな俳優がライダーに戻ってきた凄さに感動しました、しかし僕がこの映画の電王パートで感動したのはこの部分ではないのです。

 

 

 

(ここからはかなり個人的な主観が入りますのでご注意を。勿論異論は認めます。)

 

 

何故僕があの映画の電王パートで感動し、心を打たれたのか、簡潔に言うと

 

仮面ライダー電王佐藤健がいなくても成り立ってしまう」からと思っていたからです。

 

何も煽りたくてこんなことを言ってるわけではなくて、実際に佐藤健/野上良太郎が存在しない仮面ライダー電王が成立していたからです。

 

まずは仮面ライダー電王のあらすじを紹介しましょう

www.youtube.com

 

 

2007年の現代に現れ、時間の改編を企てる侵略者イマジンと、これを阻止するために戦う仮面ライダー電王野上良太郎、そして良太郎に憑依し力を貸す味方イマジン達の活躍を描く。

イマジンは憑依した人間との間にその望みをかなえるという「契約」を結び、手段を選ばず「契約完了」することで望みにまつわる記憶を呼び覚まし、それを足がかりに過去へ飛び破壊活動を行うことで時間を改変してしまう。それに対抗できる電王に変身できるのは、時間改変の影響を受けない特質の持ち主「特異点」のみ。だが時の列車デンライナーに乗って未来から来た女性ハナが見出した特異点・良太郎はひ弱で気弱、しかも不運続きと一見およそヒーローらしくない。

そんな良太郎に憑依して力を貸すのが、モモタロスウラタロスキンタロスリュウタロスといった強烈な個性を持ったイマジン達。彼らが憑依することで良太郎は能力のみならず性格も一変する。彼らの力と良太郎の奥底にある正しく強い心が合わさることで電王はその力を発揮する。そして過去へ飛んだイマジンを追って、電王もデンライナーで過去へ飛ぶのだ。

そうして戦いを続ける良太郎の前に、仮面ライダーゼロノス桜井侑斗と名乗る青年がイマジン・デネブを伴って現れる。良太郎の姉・野上愛理の失踪した婚約者と同じ名前を持つ彼の存在には、この事件の根幹に関わる秘密が隠されていた。(Wikipedia参照)

 

まんまウィキのコピペで申し訳ないですがあらすじはこんな感じです。

 

電王の特徴としてはそれまでどうしてもシリアス路線が多かった平成仮面ライダーでしたがこの電王は非常にコミカル路線というか非常に見やすいものでした。上記にもあるようにイマジンというキャラクターやちょっと頼りない主人公などそれまでのシリーズでは見られなかった設定が各所で話題となり平成ライダーの中でも随一の人気作品になりました。

その人気から放送終了後も劇場版等の派生作品が多く作られました。

 

テレビ放送終了後すぐに公開された「電王&キバ」「さらば電王」ここまでは本当に電王の人気の凄さが仮面ライダーの歴史を変えたと言っても過言ではないぐらいの作品です。

しかしそれ以降電王という存在が変わっていったのです。

「さらば電王」以降仮面ライダー電王は「超電王」と名前を変え新たなシリーズへと展開していきます。

この「超電王」では主人公がNEW電王という新キャラに切り替わります。

また良太郎にイマジンが憑依して変身するという設定がこれ以降イマジンのみで電王に変身できるなど作品上の設定が変化していきます。

そしてこれ以降電王という冠が付く作品にも佐藤健/野上良太郎が出演しなくなります。

 

個々で僕が冒頭で言った「仮面ライダー電王佐藤健がいなくても成り立ってしまう」現象が起きたのです。

これ以降電王と冠が付く作品でも主人公佐藤健は登場しなくなります。

 

当時からファンの中でもこのやり方は否定的な人も多く、以降も電王のキャラが客演してもあまりいい反応はありませんでした。

 

そして最後に佐藤健が電王に変身してから10年この冬に仮面ライダー平成ジェネレーションズForeverが公開されました。

この映画のあらすじとしては仮面ライダーがTVで放送されているパラレルワールド仮面ライダーたちが迷い込み、仮面ライダーの熱狂的なファンの青年と出会う。と言うストーリー。

我々のような仮面ライダーファンにも通じるような世界観。

 

また、この映画は前段階で前情報、ネタバレ一切無し、ただ出演者の欄にはイマジンの声優名とオーナーの名前。

いつも通りの客演かと誰もが思っていた中、公開当日スクリーンに現れたのは野上良太郎を演じる佐藤健の姿。

 

仮面ライダー電王佐藤健がいなくても成り立ってしまう」そう思っていた僕の前に野上良太郎は現れました。

いなくても電王という世界が成り立ってしまう中でわざわざ佐藤健が出演したことに僕は興奮しました。

なんというか電王にたいして愛憎入り交じっていた僕。

そんな僕にこのストーリーと良太郎の復活。

 

何となく仮面ライダーを見つつ大人になっていき、好きではあるが虚構だと勝手に決めつけていた僕にこの良太郎の登場はとても感動するもでした。

 

佐藤健仮面ライダー電王に帰ってきたと言うのと同時に、野上良太郎がいる電王の世界線が認められたような気がしました。

 

映画の内容とリンクした電王の登場。そして僕の10年をかけた伏線回収のような気持ち。そんなところで僕は感動しました。

そんなところも時を司る電王らしいななんて妙に納得してしましまして。

 

というところでただ熱い気持ちで書いたら駄文になってしまいました。最後まで呼んでいただいた方申し訳ありませんでした。

 

 

 

 

 

 

好きなものに助けられる話 ブリグズビーベア

 先日、渋谷で「ブリグズビーベア」と言う映画を見ました。YouTubeで予告を見てからあのクマの愛らしさとどこかで見たような懐かしさが頭から離れず、ずっと気になっていた映画でした。

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        ↑ブリグズビーベアのポスター 右にいるのクマがブリグズビーベアで左が主人公のジェームス

 

 

どんな映画かというと

ジェームスは、外気から遮断された小さなシェルターで、両親と3人で暮らす25歳の青年。ドームの中から砂漠と化した地上を眺めるだけで、地下の生活が彼の全てだった。子どもの頃から毎週ポストに届く教育ビデオ「ブリグズビー・ベア」を見て育った彼は、今は「ブリグズビー・ベア」の番組研究に勤しむ毎日を送っていた。少し退屈でも、パソコンでチャットする友人や仲の良い両親と、平和な日々がずっと続くのだと思っていたある日、警察がジェームスを連れ去り、両親は逮捕されてしまう。
両親だと思っていた2人は、25年前にジェームスを誘拐し、隔離して育てていたのだった。突然訪れた「外の世界」に困惑するジェームス。本当の両親、高校生の妹と一緒に暮らすことになっても、テレビも見たことがなく、彼が両親だと思っていたテッドとエイプリル以外の人間に会ったこともないジェームスは、何もかも初めての体験で驚きの連続。「ブリグズビー・ベア」をジェームスの教育のためだけに作っていた2人は逮捕されてしまったため、今後新作ビデオが届かないことに落胆する彼だったが、妹のオーブリー、映画好きのスペンサーたちの協力を得て、自身で映画版「ブリグズビー・ベア」を撮り、その手でシリーズを完結させることを決意する。変わった環境で育ったジェームスの変人ぶりを受け容れてくれる仲間との出会いをきっかけに、次第に周囲はジェームスの純真さと素直さ、ものづくりに対する情熱に惹かれていく…。

映画『ブリグズビー・ベア』公式サイト から引用

 

 

しかし気にはなっていたものの上映館数が少なすぎる!!(都内でも2館しかない…)

一番近い上映館でも渋谷、現在自分が住んでいる千葉から渋谷まで行ってしまえば映画代より往復の交通費が高く付くため見るか否かは相当悩みましたが、直感でこれは劇場で見なければ損をしそうと思い見に行くことを決心しました。

 そうと決まれば即行動。大学の授業終わりに電車に飛び乗り渋谷に向かいます。

ギリギリに劇場のヒューマントラストシネマ渋谷に到着、平日の夜でしたが結構な人数がチケットカウンターに列をなしていました。大手シネコンに比べれば小さな劇場ですが清潔感があって、コンセッションのメニューが充実具合が凄い!!

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劇場限定のブリグズビークッキーシェイクなんてものをついつい頼んでしまいました。(アメリカの子どもがニコニコしながら飲むやつって感じの味で美味しいです)

 

シアターに入ると予告が流れていました。この予告も大手ではあまり流れないような映画でワクワク。いくつか気になる映画に目星をつけながらもいよいよ本編。

結論から言えばこの映画を劇場で見て正解でした。

何というか凄く軽いタッチで、笑えるところも多く、だけど感動できる。

笑いながら涙が出てくるような映画でした。

この映画の何が凄いかというと「すごい嫌な奴や悪いやつが出てこない」という点です。

厳密に言えば見た人の立場や感情によって共感できる登場人物や嫌な奴が変わってくる。そんな印象を受けました。

しかし、この映画に出てくる登場人物のほとんどの行動や発言は間違ってはいないことが多く(偽の両親が誘拐をしたことや法律的にアウトなことは別として)印象が見た人の感情によって変わるそんな映画でした。

例えば、自分の夢や趣味にまっすぐな人であれば主人公のジェームス寄りになるし、

自分が子どもを持つ立場であれば本来の両親気持ちが痛いほど分かるはず。

そんなそれぞれの思いを持った登場人物も魅力な作品で、主人公のジェームスのピュアさやまっすぐさも素晴らしいのですが、特に素晴らしいキャラがジェームスを誘拐した事件を担当していた刑事でグレッグキニア演じるヴォーゲル刑事。学生時代に演劇をやっていて、ジェームスのあること言葉に触発されジェームスの映画作りに協力していくうちに、自らの俳優魂に火が付いてくると言う役どころなんですが、このヴォーゲル刑事が素晴らしいのなんの!!主人公に協力しながらも、かつての自分の夢にも挑んでいく姿が格好良くもユーモラスで彼が台詞を言うたびに劇場では笑い声が響いていました。

また、ジェームスを幼い頃に誘拐し育てた偽の父、テッドを演じるのは「スターウォーズ」のルーク役でおなじみのマークハミル。このジェームスも中々良いキャラで、誘拐犯とはいえなんとも言えない哀愁がたまらないキャラで、ジェームスのある要望を叶えるシーンがあるのですが、このシーンがなんとも言えない良いシーン!!

 

こんな多彩なキャラに加え、ストーリーも素晴らしく、個人的にはいわゆるオタクでアル私の心にはジェームスの一つのことに執着しつつもまっすぐ進んでいく姿は胸を打つものがありました。

上映時間は約1時間半ぐらいで、普通の映画より若干短いので「都合よくね?」と思うシーンも多々ありますが、そんなことがどうでも良くなるぐらい素晴らしい映画でした。夢を追いかける人、悩む人、子育てをする人、好きなものを追いかける人。色々な人にお勧めの映画です。

皆さんも是非この「ブリグズビーベア」ご覧になってはいかがでしょうか?

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brigsbybear.jp

 

大阪旅行

 

夏休みの三日間を使って大阪へ旅行に行った。

目的は二つ。普段からお世話になっている大阪在住の二人にお誘いいただき、その二人に会いに行くこと。もう一つは自分と、お世話になっている二人と、その二人の知り合いのかたの4人でアメリカのプロレスWWEの大阪興業を見に行くことだ。

 

キッカケ

 この旅行に行くことになったキッカケは前述にもあるように普段からお世話になっている二人に誘われたことだ。この二人は自分がTwitterで出会ったあるカップルで、自分とこの二人は驚くほど趣味嗜好が似ている。だから勝手に自分は親しみを込めて兄ちゃんと姉ちゃんと呼んでいる。姉ちゃんとは今年のももクロ春の一大事でお会いしたことがあり、そこから本当のお姉ちゃんのように慕っていた、一方兄ちゃんの方とは中々タイミングが合わずにずっと会えないままだったが、ずっと会いたいと思っていた人だった。

そんなある日、姉ちゃんから「中邑が出るWWEのチケットが取れたから、兄ちゃんと姉ちゃんに会いに来るついでに見に来ない?」と言うお誘いをいただいた。

正直最初は渋った。何でかというと、お盆に山梨の実家に帰れなかった分一週間の休日を取っていたのだが、姉ちゃんから誘ってもらった日と、実家帰郷のラスト3日ががっつりかぶっていたのだ。

「ラスト三日大阪に行くなんて言ったら親に面倒くさいこといわれるんだろうな」と思いつつも自分の心は大阪旅行に傾いていた。

色々調べていくこと数日、都内から夜行バスにや昼バスに乗って大阪に行くより、山梨から行った方が明らかに安いことや、無数の大阪グルメの画像を見たことや、まだ見ぬ兄ちゃんへの期待など数々の魅力が溢れだし、親の批判覚悟で大阪に行く覚悟を決めた。

とりあえず行くことを姉ちゃんに知らせ、それから母親に大阪に行く旨を伝えた。

しっかり怒られた。しかし、一通り怒られた後に「551を買ってきて、あれ美味しいから」と言われた。

免罪符が551の肉まんかよ、、、、、大阪旅行に行くことになった。

 

初日。まだ見ぬ兄へ

 出発の日の朝5時、バスが出る甲府駅に向かう電車に揺られた。7時頃甲府駅に着く。

流石田舎だ、県庁所在地の中心駅なのにコンビニしか開いていなかった。

閑散としたバス停でバスを待つ。乗客と思わしき人は数人。やけに老人が多い。

数十分後、バスが着く。

びっくりした、いくら昼バスとはいえ普通の観光バスだった。

あの、修学旅行で乗るようなやつ。

これで7時間か、と決心を決めバスに乗り込んだ。

乗ってみると案外快適だった。以外にも7時間のうち一睡もしなかった。

途中乗客のスマホからJアラートが一斉に鳴り響くと言うハプニングもあったが、あっという間に難波の高速バスターミナルに着いた。

とりあえず今日泊まるカプセルホテルに向かった。地下道をしばらく進み、町中に出る。町中を少し歩き、大通りに出ると目の前には道頓堀とグリコのでっかい看板。

あの大阪だ。テレビで見たことのあるあの大阪。

ミーハーのようにバシャバシャ写真を撮った。

そして、1ヶ月ぶりにインスタを更新した。

そこからちょっと歩いたところのアメリカ村に泊まるホテルがある。ホテルに着き、チェックインを済ます。

姉ちゃんとカプセルホテルの前で待ち合わせをし、姉ちゃんと合流した。

そこから姉ちゃんに大阪の町を案内してもらった。

夜の大阪の町は凄かった。きらびやかな町に無数のお店が並ぶ。

流石商業の街。

普段住んでいる千葉の住宅街とは明らかに違う町並みに心が躍った。

途中実家に送る免罪符551を購入し、居酒屋に連れて行ってもらった。

久々にあった姉ちゃんとのお話とお酒が進む。

不思議だ、本当の家族のような安心感がある。

しばらくすると、お仕事だった兄ちゃんが来た。

半年間ぐらい会ったこともないのに勝手に兄ちゃんと呼んできた存在はまさしく兄ちゃんだった。

何というか優しさがあふれ出てるような人。

心の中で「兄ちゃんじゃん!」と叫んだ

まさしくそれは兄ちゃんだった。

会ったことないのに絶妙に落ち着く感じ。

気づいた。この二人は天才的に優しいのだ。こんな初対面に近しい自分を甘えさせてくれるような雰囲気を作り出してくれる。

こんなに楽しくて良いのだろうか。そう感じるぐらい楽しかった。

いろんな話をしたし、聞かせてもらった。

自分は話をするのが苦手な人間だと思っていた。だけど自分ってこんなに話するのが好きだったんだな。

色々楽しい思いをさせてもらい。その店を出た。

ホテルまで二人が送ってくれた。

その道中も面白い話をしてくれた。その話と大阪の町並みが妙にマッチする。

「これが大阪か」

はじめてきた場所なのに何となく納得した。

ホテルについて二人と別れるとき一抹の寂しさを感じた。

明日も会えるのに。楽し過ぎたのだ。

小さいカプセルホテルの部屋に妙な寂しさと明日への期待を抱きながら入る。

明日はWWE、人生初のプロレス。

 

人生初のプロレスがWWE 

  二日目の朝、チェックイン期限より明らかに早く目が覚めた。

テレビをつけ、朝の情報番組を見る。コメンテーターも大阪ならではだった。

シャワーを浴び、待ち合わせの時間まで難波の街を探索することにした。

難波付近の御堂筋を歩く。

「筋って大阪独特の文化だよな」と思いながら歩く。

街には朝早くから人が溢れている。

自分のような観光客から、出勤するためにスーツを着たサラリーマン、サンバイザーをつけ、チャリに乗ったthe大阪のおばちゃん、セルカ棒をもったアジア系の観光客、そして見えない何かに叫び続け、片手に紙パックの鬼ごろしを持ったおじさん。

こんなおじさんも普段街で見かけたら警戒するのだろうけど、「大阪って懐広いな」と思い妙に納得してしまった。

喫茶店に入り、前々から気になって飲んでみたかったミックスジュースを頼んだ。

良い意味で予想外の味だった。ミルク感たっぷりのあの味。好物がまた一つできた。

喫茶店でダラダラしてると、兄さんからたこ焼き屋に来てとラインが来た。

朝からたこ焼きなんて大阪らしくてわくわくした。

たこ焼き屋に着くと兄さんと兄さんお知り合いの方が先に着いていた。姉ちゃんは後から送れてくると言う。遅れてくる理由が面白かったが、そこは個人情報なので。

初対面の方だったがとても優しい方で安心した。

たこ焼きを食べる。やっぱり本場の味は何か違う。その違いはよくわからなかったがとにかく旨かった。

姉ちゃんとも合流し、たこ焼きを食べ終わり試合が行われるエディオンアリーナに向かった。

道中、今日のWWEが自分にとって初プロレスだと言うことを伝えると、

「それってすげーアナキーだよ!?」と言ってもらえた。初プロレスがWWE

一つ持ちネタができた気がした。プロレス好きにしか伝わらないが。

会場に着くとかなりの人が溢れていた。中にはレスラーのコスプレをしている人もいて、その完成度に驚いた。

会場に入るともうそこはWWEの世界だった。

完璧に作られた会場はテレビで見るあの会場にそっくりだった。

試合が始まり、選手の予習とかはしてこなかったので名前などはあんまりわからなかったがちらほらと見たことのある選手が出てきた。

終始試合は英語で進むのだがそのエンターテイメント性が圧倒し十二分に楽しめた。

お目当ての中邑の試合も中邑ワールド全開で素晴らしかった。

中学生ぐらいからずっとプロレスが好きだった。そして何で好きだったかがわかった。

あのエンターテイメントの中でリアルな身体がぶつかり合う。

かっこよさしかないあの世界に自分は酔いしれていた。

プロレスのかっこよさを改めて知った。

 

面白い大人。酔っ払う。聞く。

プロレスを見た後、ご飯をかねて飲みに連れて行ってもらった。

一緒に行った方々が楽しくて、優しかったので自分も調子に乗って店に着くなり、空きっ腹にビールとハイボールを立て続けに入れた。

見事に酔っ払った。

他の肩に迷惑はかけまいと思い、トイレに飛び込んだ瞬間目がぐるぐる回り始め、気づいたらウォシュレットのパネルに頭をつけて床に座り込んでいた。

個室に誤作動した音姫の音がむなしく響く。

「こんなんで酔っ払ってられねぇ、もっと飲んで盛り上がらなくては」

と思い、少し正気を取り戻し、席へ戻ると、無理をしないようにと水をもらい、ウーロン茶を頼んでいただいた。

いつも行ってるような同世代のバカの大酒飲み大会とは違い、大人の気遣いと優しさを感じた。

会は進み、すっかりソフトドリンクにシフトチェンジした自分に少し酔った大人が色々な話を聞かせてくれた。

それを聞いた自分はお腹が痛くなるほど笑った。

正直に言うと自分より年上の人とお酒を飲むのはあまり好きじゃなかった。

嫌なものには嫌と言えず、酔った大人が語る武勇伝を語るどや顔もそれに対して愛想笑いしかできな自分にも腹が立つ。

凄く嫌だった。

でも、そんな概念を変えてくれたのはこの旅行の数ヶ月前に初めて姉ちゃんに会ったときだった。世の中にはこんな面白い大人がいるのかと感動した。

そして、この夜、自分の目の前にはおもしろい大人が3人いた。

自分の将来の夢は面白い大人になった夜だった。

 

通天閣のから見る景色

三日目の最終日、姉ちゃんと兄ちゃんにお好み焼き屋に連れって行ってもらった。

このお好み焼き屋さんも観光客が中々行けないような地元のお店でとっても美味しかった。

お好み焼きも美味しかったが特に焼きそばの美味しさにはびっくりした。

お好みも焼きそばもお店によってこんなに味が違いがあるかと少年は少し大人になった気がした。

お好みを食べ終わり、店を出てかねてから行きたかった新世界に連れて行ってもらうことにした。

新世界まで電車で向かうなか姉ちゃんと兄ちゃんは車窓から見える街を解説してくれた。

日雇い労働者がいっぱいいることで有名な西成が案外観光スポットになるような場所から近くて驚いた。

新世界につき、居酒屋さんへ連れて行ってもらった。

この居酒屋さんも中々観光客が行けないような地域密着型の居酒屋。

この店で食べた鱧の串カツ、南京の串カツ、ぬたの美味しさは今でも忘れられない。

思えば大阪に来てから色々とディープな店につれて行ってもらった。

これも自分一人の旅では味わえないと思い感謝した。

居酒屋を出て、通天閣に登ることになった。

通天閣の中に入ると、意外だったのはこんなに中が色々な施設があったのはびっくりした。流石商業の街だな。

エレベーターで展望台に上がると大阪の町が見渡せた。

煌びやかに光る観光都市のほど近くにさっき教えてもらった日雇い労働者たちが多く住む街も見える。

電飾が派手に光る小高いビルの近くに、ポツポツと明かりがともった団地や宿が見える。

東京だったらどうなんだろう。

一人暮らしがしたくて実家から離れた大学に入学した。

東京で暮らすのは少し怖いから限りなく都心に近い千葉の大学に入った。

これだけが全てじゃないけど、ちゃんとした学部希望もあったけど、

こんな気持ちがないといったら嘘になる。都会に近い生活に憧れていた。

でも、こんな生活すぐ飽きた。

自分が受け入れてもらえない気がした。

田舎者の自分が都心に近い街から排除されている気がした。

あっという間にホームシックに陥った。

嫌で出た山梨の地へ帰りたくなった。そんな自分も嫌になった。

そんな気持ちを一人暮らしを初めて数ヶ月間は持ってた。

そして、この引っかかりはずっと引きづることになった。所詮田舎者は排除される。

でも、通天閣から見下ろしたときその引っかかりが取れた気がした。

全てを受け入れてくれるようなこんな街を自分は望んでいたんじゃなかっただろうか?

今自分が住んでる場所か大阪かどっちが良いかなんて今の自分にはわからない。

でも気休めでもこんな場所が見たかった。

何か自分が生きていて良い気がした。

やっぱり大阪は寛大だ。

じゃなかったら筋のど真ん中で鬼ごろし片手に見えない何かに叫べないもんな。

 

憧れと帰宅

通天閣から出るともう帰りのバスの時間が近づいていた。

帰りのバスターミナルまでは兄ちゃんが送ってくれることになった。

バスターミナルに向かう駅で姉ちゃんと別れる。

別れ際に固い握手をした。凄くさみしい気持ちになったがなんだか明日も会えるような気がしてならなかった。

何でだろう。

別れ際にお土産をもらった。そのお土産の愛の深さに胸が異常に熱くなった。

反対のホームで昨日見た中邑の真似をし続ける姉さん。面白いはずなのにやけに悲しかった。

兄さんと二人になってからはいろんな話をした。

最近自分が兄さんにお進めした特撮の話とか、大阪の話とか、それこそ姉さんの話も。

こんなことを言えば怒られるかもしれないが、兄さんが姉さんを凄く尊敬してるのがわかった。

それってものすごいことだと思った。

男女のパートナーの中で尊敬し合えることって。

愛とかなんとか勿論そんなことはあたりまえで、それ以上に尊敬できること。

自分は一生独り身でいるものだと思っていた。一生彼女もできないし、結婚もしないだろうと何となく思っていた。

でも生涯尊敬できる人がいることに憧れを抱いた。

いつか誰かとあの二人のようになれたらなんて、自分でも虫ずの走ることを少し思った。

バスターミナルに着き、少し兄ちゃんと雑談をした。

そして兄ちゃんから餞別をいただいた。

それはコアチョコというアパレルメーカーのTシャツでキカイダーという特撮キャラがプリントされたもの。

これは自分が一年近く前から欲しかったもので、でもなかなか手を出せずにいたのですっごく嬉しかったし、兄ちゃんがこれを買ってきてくれたことに倍以上感動した。

そして、兄ちゃんとも別れるときが来た。

別れ際、ハグをした。

何だろうやっぱり安心するものを感じる。何年も前から自分をかわいがってくれていたような安心感。

バスターミナルの出口に向かう兄ちゃんの背中をずっと見ていた。

何度かこちらを振り返り手を振ってくれた。

どんどん小さくなる兄ちゃんの背中が悲しかった。

バスが来た。

行きのバスより値段が少し高かったから快適なバスだった。

でも、行きのワクワク感がなくなったからどっちみちチャラだった気がした。

バスの中で泣きそうになった。

泣きたくなるほど帰りたくない旅行なんて今までしたことがなかった。

ふと気づいた。寛大な大阪も好きだが、自分のことを受け入れてくれた二人がいる大阪が好きなことを。

こんな自分を受け入れてくれる人がいることが異様に嬉しかったんだ。

やっぱり寛大だ。

 

帰宅した豚まん

7時間帰路を終え山梨に着いた。

やっぱり田舎だった。

でもなんかほっとした。

実家に帰ると母が数日前に届いた免罪符551の豚まんを蒸してくれた。

完全に蒸し方を間違えていた。

パサパサになった皮の豚まんを食いながらいつかもう一回本場の551を大阪で食べることを自分自身で誓った。

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ぽっくんの由来

ぽっくん

この名前でツイッターもブログもラジオネームもやっている。

最近なぜぽっくんなのか?と聞かれた。

それは昔、FM-FUJI

ななめ45° レディオ de カーニバル

というラジオ番組をやっていた。

この番組は自分が初めてハマったラジオ番組で、後にラジオをよく聞くようになった番組だ。

そして、その番組に初めてメールを送り、初めて読まれた。その時のラジオネームは「とっくん」というもので、これは私が家族や友達からずっと呼ばれ続けていたあだ名だった。

私が住んでいた地域(ドが付く田舎)では電波が入るラジオ局が限られていたため、メールを読まれたその番組を多数の知り合いが聴いていて、自分のメールが読まれたことがあっさりばれた。

このままじゃ下ネタも送れないじゃん!!と思った僕は次の週にななめ45°の3人に

「ラジオネームをつけてください」と言うメールを送り、そこでぽっくんという名前をつけていただいた。

由来はたまたまその時おぼっちゃまくんの話をしていて、おぼっちゃまくんの一人称のぽっくんととっくんが似ているからという投げやりなものだった。

それから数ヶ月、その番組が終わることになった。

その番組の最終回でまたメールを読んでもらった僕にななめ45°の3人が

「また俺らがFMーFUJIで番組をやるまでこのラジオネームを使い続けてくれ!!」

という、お願いというか約束をした。

何回かは尖ったラジオネームつけたいなと思うが、いつもこのことが頭をよぎる。

ラジオ終了から6年一向にFM-FUJIななめ45°の番組が始まる気配がないが、いつかの約束のためにこの名前を使い続けている。

 

プロレスしよーぜ

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ここ一年ぐらいだろうか、近年まれにみるプロレスブームだ。
なにせ私もプロレスが好き。
好きになったのは確か中学生のとき、
友達のKくんから勧められ、ワールドプロレスリングを見始めたのがきっかけだった。
その頃はまだ新日も不遇の時代で、会場は空席が目立っていた。
その頃から見ているので、メディアで取り上げられるのは嬉しいのだが、なんとなく、なんかなあ~という感覚である。
それというのも、必ず取り上げられるのはプ女子の存在。
女性でも好きな方は昔から好きな方はいたし、それは昔より増えただろう。
だけど、それだけではない、血のにじむような団体の努力などがあるから、一概にそれだけを取り上げるやり方になんとなく、納得がいかないめんどくさいファンなのだ。
そんな影響もあるのか、最近は形だけのプロレス表現が多い気がする。なにかとプロレスという表現が使われてる、プロレスという本質を知らないで。

でも、この人は違った。自分の担当するグループに訳も分からないまま、ミスマスカラスの如くマスクを被せ歌を歌わせ、凶器を振り回させる。
グレートムタのセコンドにつけさせ、毒霧を吹かせる。
自身もレスラーとなり、担当アーティストのライブでリングをたてプロレスをする。
そう、ももクロのプロデューサー川上アキラ氏である。
根っからのプロレスファンで、ももクロに「お前等は猪木だ!」とゲキを飛ばす。果たしてこの会話を世間の何割が理解するのか笑

昨年出版されたももクロ×プロレスという本。
この本は試合と題してももクロメンバーが一人ずつ、プロレス界のレジェンドや今をトキメクスター選手、女子プロのチャンピオンまで多種多様な方々と対談をすると言う内容だ。

この本の最後の試合で川上氏と著者の小島和宏さんの対談が組まれている。
そこで小島さんが川上さんのプロレス的な演出手法を
「本物」を配するのが大事
と語っていた。
近年メディアでは何も知らないまプロレスを表現しようとすることが多い。だけどそれではダメなんだろう。
確かにゴールデンでプロレスをやらない今は分かり難いことも多いし、自分自身興味を持ったときにはゴールデンでは放送してなかった。
だけど、伝える側がそれを怠ったら終わりなきがする。

それは確かに、ライブに越中詩郎さんを呼んできてヒップアタックをしてもらうより、
滑舌が悪いと笑ってたり、バカにするほうが伝わりやすいだろう。
でも、ダメなんだそれじゃあ、やる側が分からないかぎり、プロレスを触ることは。

自身の好きなオードリーの若林さんが「自分がライブでお客さんに楽しんでかえってもらおう。と思ったのは生でプロレスをみた後」とラジオで語っていた。
本物を見て、感じて、敬う。これは本当に大切なんだろう。
目先のおもしろさよりも人生観を変えてしまう存在がプロレスである人がこの世界にはまだたくさんいるのだろう。
そんな本物にこだわったももクロにまんまとはまったのが私。だから、川上さんにはこれからも続けて欲しい。殆どが知らない外国人選手を連れてこようが、その本物志向に誰かしらはついて行くだろう。

ライブにまつわる話~YAZAWAに夢見た50の親父と落選に嘆く息子~

最近はテスト期間ばかりでストレスがたまる。

そんな中でも楽しみなのが私の推しのももクロ高城れにちゃんのソロコンの当選発表だったが結果は見事に落選した。

狭き門だとわかりつつも落ち込むものは落ち込み、テスト勉強など身が入らない。

いつからこんなに現場にこだわるようになったのだろうか、

初めてライブというかももクロを生で見たのは高校二年生の夏、高校生クイズの時だった。

ももクロ自体は中学生の頃から好きだったが、お金がなかったことや当時山梨に住んでたこともありなかなか現場には行けなかった。(地元でやるライブは落選)

高校生クイズは無料で参加できて夏休みと言うこともあり、参加することにした。

初めて生で見るももクロはとにかく凄かった。

今まで画面を通してでしか見ることのできなかった大好きな人たちが目の前に居ると言うことがとにかく嬉しかった。

なんというか、点と線がつながって、今まで信じてきたものの確認ができた気がした。

それからちょいちょいももクロの現場には行くし、行きたいとより思うようになった。

ライブと言えば去年こんな話があった。

うちの父親は生粋の矢沢永吉ファンだ。

父曰く小学6年生の時にテレビで初めて矢沢さん(その当時はキャロルのメンバー)を見て、「世の中にこんなかっこいいものが存在するのか!」と衝撃を受け、そこから約50年近く矢沢ファンらしい。

そんな父も忙しい人生を送ってきたらしく矢沢さんのライブに一度も足を運んだことがなかった。

昨年、同じく矢沢ファンの兄が地元で行われたスウィートラブシャワーという音楽フェスに矢沢さんが来ると言うことで、親孝行として父を連れて行くことにした。

それを父に告げたときは目がきらきらして、なんとも嬉しそうな顔をしていたらしい。

ライブ当日、時間になり、とうとうライブが開始され、ステージに登場する矢沢さん。

兄曰く隣にいた父は会場で巻き起こる矢沢コールをするわけでもなく、叫ぶわけでもなく、ただ兄にプレゼントされたYAZAWAタオルをぎゅっと握りしめ、ステージに立つ矢沢さんを見つめていたらしい。

ライブ中は終始にこにこと少年のようなまなざしをしていたらしい。

終了後は「いやぁー、よかった、かっこよかった」と言って嬉しそうな顔をしていたらしい。

今年の年末地元に帰ったので父に感想を聞いたら

「曲数は短かったけど本当に良かった。」

「数曲でもこの曲がでた時はこんなことがあってとかいろんなことを思い出した。」

「ずっとあこがれてた人が50年の時を超えて見られたのは考え深いし、うれしいのひとことにつきるなぁ」

といいながら

「ライブのチケットってどうやってとるのかと」質問してきた。

なぜかと尋ねると、

「今度は武道館に行く、永ちゃんといったら武道館だから。これを見なければ死にきれないとあのとき思った。」といった。

続けて親父は「夢を見れた気がして嬉しい。この年になっても夢を見せてくれる永ちゃんはやっぱ俺の憧れだな。」と語っていた。

これを聞いてやっぱライブって爆発的な力を感じれる場所だなと思った。

50の父に半世紀越しに夢と希望を与えてくれた矢沢さんは本当に凄いと思う。

やっぱりアーティストってすごいな。

こんな思いを自分が落ちた分、れにちゃんのソロコンに行けることになったひとにはなんとなく感じてほしいなとは思う。

ぜひ、点と線をつなげるような思いをしてほしい。

まぁ、一般は応募するんだけどね。笑

 

長文駄文失礼します。